Narcisse

ナルシス(水仙)

植物DATA
学名・Narcissus poeticus L.
Narcissus tazetta L.
科名ヒガンバナ科
別名ナーシサス、ナルキッサス
・クチベニスイセン、ポエッツナルキッサス / N. poeticus
・フサザキスイセン / N. tazetta
原産地ヨーロッパ南部、地中海西部
主産地フランス、スイス、オランダ、モロッコ
精油DATA
採油部位
採油法溶剤抽出 / Narcisse abs.
採油率花からのコンクリート収率は0.2~0.4%、コンクリートからのアブソリュート収率は20~35%
性状黄褐色~暗緑色、シロップ状
主な成分γ-テルピネン、ケイ皮酸メチル、酢酸ベンジル、安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール、p-シメン、δ-3-カレン、リナロール、テルピネオール、α-ピネン、クマリン
香りリーフィーグリーンとほのかに甘いフローラル
干し草、タバコ、アニマルのニュアンスもかすかに感じる
揮発性ミドルノート
香り強度強い

ナルシスの花には、思わず見とれてしまうような気品と美しさがあります。

華奢な茎に真っ白で繊細な花びらをつけ、その香りは爽やかなフローラルグリーン。

ナルシスの個性的な香りは調香師たちの想像力をおおいに刺激し、「ナルシスノワール」のような名香も数多く誕生しました。

モントレーのナルシスフェスティバルのポスター

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Fragrance 香料

香りの
性質
バイオレットリーフのようなグリーン感と濃厚なフローラルを併せ持つ貴重な香調
主な
使用法
フローラルやシプレノートに刺激や深みを与える
使用量個性的な香りなので、他のフローラル香料とあわせて少量を加える
注意皮膚感作の可能性あり
皮膚使用量は、最大で0.8%

ナルシスアブソリュートは、ラグジュアリーな香水などに使われる貴重な天然香料のひとつです。

アブソリュートは花を溶剤抽出して得ます。
花だけではなく茎もいっしょに抽出するとグリーンノートの香調が強くなりますが、花だけのほうが品質は良いとされています。


「ナルシス(水仙)」には多くの品種がありますが、香料用に使われるのは3種類だけ

香料用のナルシス(水仙)

  • Narcissus poeticus / クチベニスイセン
    ナルシス香料としてもっとも重要な品種です。
    アブソリュートの香りは、カーネーションやヒヤシンスのような、スパイシー感のあるバルサミックフローラル。
    それに加えてバイオレットリーフ様のグリーン・アーシーな刺激的な香りを持っているのが特徴です。
    Narcisse des montagnes/ナルシス・モンターニュ(山のナルシス)」とよばれることもあり、これはフランスの山の中に生えているナルシスを使っているから。
  • N. tazetta / フサザキスイセン
    クチベニスイセンよりも重さや粗さがありますが、甘く豊かなフローラル。
  • N.jonquilla / ジョンキル、黄水仙
    ①②よりもフローラル感が強く、デリケートな香り。
    香料素材としては、「ナルシス」と「ジョンキル」は別々に区別して考えられています。

ナルシスアブソリュートの原料としては、かつては②フサザキスイセンが主流でしたが、現在ではより香りのよい①クチベニスイセンのほうが価値が高くなっています。

クチベニスイセンの絵画
“Narcissus poëticus” c.1770 by Madame Peigne

香りの成り立ち

ナルシスアブソリュートは、濃度が高いときにはスモーキー・スパイシーな土の香りが強いですが、希釈すると甘さやフローラル感が現れて、咲いている花の香りにとても近くなります。

ナルシスの香りを決定づける特徴的な成分というものはなく、いろいろな成分が集まることで多面的なナルシス香をつくっています。

アブソリュートの主香成分は、酢酸ベンジル、ベンジルアルコール、リナロールなど。

酢酸ベンジルとリナロールは、合成香料でナルシスの香りを再現するときにも中心になる成分です。

  • 酢酸ベンジル
    ジャスミンのような、甘いフレッシュフローラル。
    • ジャスミンヒヤシンスジョンキルなどのアブソリュートや、イランイランにも含まれている成分です。
  • ベンジルアルコール
    香りは弱めですが、少し薬っぽさのあるスイート・バルサミック。
    • バルサム・トルーベンゾインなどに多く含まれています。
      アブソリュートでは、ヒヤシンスバイオレットリーフなど。
  • リナロール
    リリーオブザバレー、ライラックのようなフローラル香。
    クリーミー、パウダリー、ウッディ、スパイシーのニュアンスも持っています。
    • ローズウッドコリアンダーマグノリアネロリラベンダークラリセージなど、多くの精油に含まれています。
      アブソリュートでは、ハニーサックルオレンジフラワージョンキルなど。

その他わりと多くの割合を占めている成分としては、γ-テルピネン、ケイ皮酸メチルなどがあります。

  • γ-テルピネン
    爽やかなハーバル・シトラス。
    • マンダリンライムレモンユズベルガモットなど、柑橘系精油に含まれている成分です。
      柑橘系以外では、セイボリーティートリータイムなどに含まれています。
  • ケイ皮酸メチル
    スイート、フルーティ、バルサミック。
    オリエンタル系の香りをつくるときに使用されることが多いです。
    • ジョンキルアブソリュートボロニアアブソリュートバルサム・ペルーなどに含まれています。

ナルシスアブソリュートの香りは、わずかに含まれる多種多様の香り成分が影響しあってできています。

  • 安息香酸ベンジル
    フローラル、スイート、バルサミック。
    • バルサム・ペルー/トルーベンゾインなどに含まれている成分。
      アブソリュートだと、ジャスミンカーネーションチュベローズヒヤシンスジョンキルなど。
  • p-シメン
    苦みのあるシトラス・ウッディ。
    • タイムクミンブラックカラントバッドフランキンセンスアンジェリカルートエレミラブダナムなどに含まれています。
  • テルピネオール
    ドライな感じのフローラル、辛みのあるウッディ。
    • ライムプチグレンガランガルなどに含まれています。
  • クマリン
    枯れ草やおしろいのようなパウダリーな香り。
    • トンカビーンズに含まれています。
ナルシスのイラスト

相性のよい香り

  • フローラルの中でも、ジャスミンとは特別よく調和します。
  • ナルシスとチュベローズは、官能的で妖艶な雰囲気を出せる組みあわせ。
  • オレンジフラワーネロリをあわせると、ナルシスに爽やかな甘さをもたらします。
  • その他ローズカーネーションヒヤシンスなどのフローラルアブソリュートともよく調和します。
  • クミンアンジェリカルートなど、どこか土っぽさのある温かみのある香りともよくなじみます。
    ナルシスに深みを与えるアクセントとして、少しだけ加えるのが◎。
  • ベンゾインフランキンセンスを足すと、重厚なオリエンタル調の雰囲気が出ます。
  • ガルバナム、またはバイオレットリーフを合わせるとナルシスのグリーンノートが強調され、フローラルやオリエンタルの香調に個性を与えることができます。
  • ナルシスを中心にしたブーケ調の香りには、ごく微量のコリアンダークラリセージカモミールなどがニュアンサーとして使われることがあります。

ブレンドテクニック

ナルシスアブソリュートの香りは、ジャスミンやローズのように広く受け入れられるフローラルとはいえません。

多面的で少々複雑な香りなので使いこなすのはむずかしいですが、調香の世界ではとても重要なフローラルノートです。

  • 香水では、とくにフローラルとシプレノートに使用します。
    香りに気品や高級感、ゴージャス感を出したいときにぴったりな香料です。
  • 貴重なフローラルグリーンの天然香料として、高い需要があります。
    フローラル調の香水に、刺激的なグリーンのトップ~ミドルノートを与えるためにもよく活用されています。
  • フローラル、グリーン、アニマル、スモーキーなどさまざまなニュアンスを持っており、ブレンドに加える量がごくわずかだとしても、香り全体に深みや複雑さ、豊かさを与えることができます。

合成香料

ナルシスアブソリュートは高価で稀少な香料です。
そのため、ナルシスの香りは合成香料で再現され、一般的な製品の香りづけに使用されています。

  • ナルシス香の主体となるフローラルな部分は、主にジャスミン、ローズ、オレンジフラワーの香調を組みあわせてつくります。
    • ジャスミン調(酢酸ベンジルなど)
    • ローズ調(フェニルエチルアルコールなど)
    • ネロリ・オレンジフラワー調(リナロールなど)
  • そのほか、リリーオブザバレー、ライラック、カーネーション、チュベローズ、ガーデニア、ヒヤシンスなどのフローラルな香調が加えられます。
  • ナルシス香の特徴を出すために、バイオレットリーフのようなグリーンノートとパラ-クレゾールという成分を使います。
    これらは、トップノートに少量を加えます。
    • バイオレットリーフ調(オクチンカルボン酸メチルなど)
    • パラ-クレゾールとそのエステル類
      アニマリック、サワー、スモーキーなどのニュアンスがあります。
      ナルシスの香りを再現するためには重要な成分です。
  • さらに、保留剤となるベースノートの香料が加えられます。
    スイート、ハニー、パウダリー、アニマリックなどの香調が選ばれます。
    • 天然香料では、ベンゾインスチラックスラブダナムなど。
    • 合成香料では、クマリン、ヘリオトロピン、ムスク、バニリンなど。
フィンランドの切手

使用されている香水

ナルシスの香りは20世紀はじめに人気が出て、ナルシスを主役にした香水がたくさんつくられました。

その流行が去った後はしばらく日の目を見ない時代が続きましたが、1970年代、モダンフローラルの調香に欠かせない香りとして再び価値が認められるようになりました。

  • Narcisse Noir/ナルシスノワール(Caron、1911)
    「黒水仙」という名前の香水。
    ナルシスアブソリュートをはじめとする天然香料が使用されています。
    ナルシスやオレンジフラワーの甘いフローラルにスパイスノートを足した、妖艶なオリエンタルタイプ。
  • Je Reviens/ジュ・ルヴィアン(Worth、1932)
    ナルシスアブソリュートの特徴がうまく活かされている香水。
    高価な花の天然香料がうっとりするようなブーケをつくる、ロマンチックな香り。
  • Amazone/アマゾン(Hermès、1974)
    ナルシスの香りが大きな役割を果たしているフローラルグリーン。
    トップノートには、ガルバナム、バイオレットリーフのグリーンノートが使われています。
  • First/ファースト(Van Cleef & Arpels、1976)
    ヒヤシンス、ジャスミン、ローズ、リリーオブザバレー、カーネーション、チュベローズなどにナルシスアブソリュートをわずかに足すことで、深みのある豊かなフローラルノートが生まれています。

その他ナルシスを含む香水

No.5(Chanel、1921)
Le Narcisse Bleu/ナルシスブリュ(Mury Paris、1925)
Silences/シランス(Jacomo、1978)
Magie Noire/マジーノワール(Lancôm、1978)
Samsara/サムサラ(Guerlain、1989)

ナルシスのポスター

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香料としての歴史と活用法

  • マリー・アントワネットは、ヘアオイルの香りづけにナルシスを使っていました。
    ほかにも歩道や花壇に植えてその芳香を楽しんだり、飾りダンスにもナルシスは描かれていました。
  • ナルシスの花は、乾燥させてポプリに使ってもよいです。
    香りの強いスパイスや他の花とまぜてパチュリやイランイランの精油を少し足せば、濃厚なエキゾチックポプリのできあがり!

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Herb therapy ハーブセラピー

ハーブとしての歴史と伝承

ナルシスはすべての部分に毒があり、現在ではハーブとして使用することはありません。

クチベニスイセンのイラスト
  • 紀元前から18世紀までの長いあいだ、ナルシスの根やその煎剤は、吐剤・下剤として利用されていました。
  • つぶした根(またはその浸剤)にハチミツをまぜてつくったペースト状のパップ剤は、やけど、傷、脱臼、慢性的な脚の痛みに使っていました。
    このような方法は、ヨーロッパ、アラビア、中国などあらゆる地域で記録されています。
  • 根とハチミツのパップ剤にオートの粉を加えたものは、身体に刺さったトゲを抜くために使用していました。
    ほかにも根に油・オオムギ粉を加える、打撲傷のためのレシピも存在します。
  • 花からつくったオイルは、耳のトラブルによく使われました。

  • ローマ時代の美容法。
    ハチミツ漬けのナルシスの球根をつぶしてリネンの上にうすく伸ばし、夜用のフェイスパックにしていました。
  • マリーアントワネットの調香師でもあったジャン・ルイ・ファージョンは、ナルシスを使った香水や化粧品のレシピをたくさん考案しました。
    • たとえば、ナルシスの根とキュウリを使った「ナルシスウォーター」など。
      これは、顔色を明るくするための化粧品でした。
クチベニスイセンのイラスト

Gardening 園芸

種類多年生の球根植物
背丈30~50cm
環境日あたりのよい場所、水はけのよい土

STORY

ルシスといえば、ギリシャ神話に出てくるある美少年の伝説がよく知られています。

ナルキッソスという名の少年は、その美しさで多くの女性や男性を魅了し、愛されていました。
けれども彼自身は、自分以外はだれも愛せないというつらい運命を背負っていました。

ある日ナルキッソスは、泉に映った自分の姿を眼にし、恋してしまいます。

そして死ぬまで自分を眺め続け、しまいには水辺にたたずむ花の姿に変えられてしまった、というお話。


このナルキッソスの化身がクチベニスイセン(N. poeticus)です。

クチベニスイセンの花言葉はズバリ「自己愛」ですが、その姿は可憐で美しく、うっとりと酔わせるような香りは最上級の香料としてさまざまな香水に加えられています。


いまでも水面を覗き込むようにして咲く水辺のナルシスは、ナルキッソスの生まれ変わりだなんていわれています。

姿かたち

ルドゥーテの「クチベニスイセン」
N. poeticus
ルドゥーテの「フサザキスイセン」
N. tazzetta
  • 花の中心には、黄色い筒状の花びら(副花冠)があります。
    まわりの白い花びらは6枚。そのうち外側の3枚は、正確には萼にあたります。
  • 細長い葉には、匂いがありません。
  • クチベニスイセン(N. poeticus)は、中央の副花冠が赤い色で縁どられています。
    それが口紅みたいなので、この名前。
  • フサザキスイセン(N. tazzetta)はその名の通り、房になって咲くスイセンです。
    ひとつの茎に何個も花をつけるため、庭の花としても人気です。
    ほかのナルシスよりも大きく、80cmまで成長することもあります。

栽培と収穫

ナルシスはヨーロッパ全土で広く栽培されていますが、香料用には主にマシフ・サントラル(フランス中南部の山地・高原)に野生しているクチベニスイセンを使用します。

グラース近郊で栽培されているフサザキスイセンも香料用ですが、以前にくらべてこちらの使用量は減っています。

  • クチベニスイセンは、標高700~1000mを超える土地でよく育ちます。
    高地の湿地帯を好み、地中海沿岸地方の山々に野生しています。
  • フサザキスイセンの球根は、日あたりのよい肥えた土壌に植えられます。
    3年目には、1年目の3倍量の花が収穫できます。
    3年ごとに掘り上げて根分けされます。
  • ナルシスの花を収穫するときは、すき櫛のような道具を使って花だけを収穫します。

世界のイベント・施設

モントレーのナルシスフェスティバルのポスター
Montreux-Fête des Narcisses 1928 by Jules Courvoisier

Fête des Narcissesは、1897~1957年までスイスのモントルーで開催されていたナルシスフェスティバル。

2015年にも復活開催されました。

毎年5月になると周辺の山の斜面はナルシスでいっぱいになり、芳しい香りが辺り一面に漂います。

ナルシスの咲く丘
山の中で一面に咲くナルシス
山の中で咲き乱れるクチベニスイセン

様々な用途

  • クチベニスイセン・フサザキスイセンは、古代ギリシアや古代エジプトの時代から人々によく知られた植物でした。
    エジプトではお葬式の花輪にも使っていたようで、それが墓の中で見つかることもあります。
  • クチベニスイセンは、ネパールのネワール族の結婚式でよく使われます。

名前の由来・伝説

  • 植物名は「Narkissos/ナルキッソス」というギリシャ神話の若者の名前からきているというのが定説ですが、この若者は関係なくて、「narce/ナルケ(麻痺)」という言葉が語源だという説も存在します。
    たしかにナルシスの香りは苦しいほど甘美で頭をしびれさせるなどと言われることもありました。そんな証拠はありませんが。
  • クチベニスイセン(N. poeticus) は、「詩人のスイセン」ともよばれます。
  • フサザキスイセン(N. tazzetta)tazzetta/タゼッタ」は、小さなコップという意味。

近縁種・間違いやすい品種

二ホンズイセン

二ホンスイセン
二ホンスイセン
ルドゥーテの「二ホンスイセン」
学名Narcissus tazetta subsp. chinensis (M.Roem.) Masam. & Yanagih.
科名ヒガンバナ科
  • フサザキスイセンの変種。
  • 日本には、中国から渡来しました。
  • 福井県越前海岸や淡路島など、有名な群生地が日本各地に数ヵ所あります。
    越前海岸では水仙祭りが開かれます。
  • 主に海岸近くに野生しています。12~2月が見ごろ。
  • 花弁がイエローのものや八重咲きの品種もあります。

Wild daffodil/ワイルドダッフォディル

ワイルドダッフォディルのアップ
ワイルドダッフォディル
ルドゥーテの「ワイルドダッフォディル」
学名Narcissus pseudonarcissus L.
科名ヒガンバナ科
別名ラッパスイセン
  • 花びらも黄色で、中央の副花冠は長く、ラッパのようなかたちをしています。
  • ワーズワースの詩「The Daffodils」の水仙。
  • その昔、ワイルドダッフォディルの汁、ハチミツ、樹脂をまぜたものは、耳から膿を吸いだすのに使われていました。
    そのほか煮立てた根は催吐剤に、根とオオムギでつくったパップ剤は腫れ物に使用されていました。